⑯ 超自然捜査武庫川が小声でぼやく。
「なんでエレベーター使わないんです」
「綾瀬さんはおそらく神経過敏になっているはず。エレベーターは音がしますから」
「あっそうか。お前高所恐怖症だったな。この階段、下がスカスカだで…」
「そ、それを言うな。見んようにしているんだから」
「思い出した。綾瀬も高所恐怖症じゃなかったきゃ、トリトンで目黒さんに運転変わってもらっていたがや」
「成程、高所恐怖症ですか。その辺が鍵を握りそうですね」
6階に到達。綾瀬の部屋は非常階段から2室目だ。大きな音は立てられない。
6階に上がる少し手前の階段手摺を武庫川が縦にじっと見ている。
「この手摺、外に歪んでいないか」
頷いた立会川がバッグから巻き尺を取り出した。矢田川に一方を持たせ上に固定させ、自らは折り返し地点まで引っ張る。
それほどの曲線ではないが、明らかに外にたわんでいた。
矢田川がいきなり武庫川の襟首をつかんだ。そして6階から階段下方に押し込む。
「な、何するんだ」
小声で抵抗する武庫川に体をあずけると、武庫川はたまらず階段を2段降りる。そこでさらに手摺に押し付ける。
「武庫川、そこで首を半転してみろ」
下を見ることになった武庫川は悲鳴を発しそうになり、その口を矢田川が塞いだ。
「立会川さん、この形を見て下さい」
「それが何か」
「武庫川は半身、私は一段上なので腰高です。払い腰の形になっていませんか」
「な、成程。綾瀬さんは確か」
「ケガさえなければ金メダルの男です。重量級の得意技は内股、大外、払い腰が相場。1万回以上打ち込んだ得意技が恐怖のあまり出てしまったのでは」
「それが正解でしょうね」
「ひぃひぃ、俺はいつまでこの格好で…」
「すまん、もう良いぞ。下に降りてくれ。モノを投げてどこに落ちたか実験する。人が通ると危ないで見張ってくれ」
武庫川が降りていく背中を見ながら立会川が言った。
「矢田川さん、噂以上に荒っぽいですね。武庫川さんが気の毒です」
「不意を突かにゃ本物のレスポンスは期待できません。ヤツは慣れていますから大丈夫ですよ」
「良いコンビだなぁ」
武庫川が下に降り手を振っている。
矢田川はポケットから小銭入れを出し、こんなもんだろっと呟きながら放り投げた。相変わらずアバウトだ。
この下の部分はマンション裏口と駐車場を結ぶ通路だ。まばらな芝生の土面に飛び石が点在し歩行しやすいようになっている。
建物から少し遠ざかった小銭入れは垂直に落下した。そして飛び石上に着弾、かなりの衝撃だったようで口が開きコインが四方八方に飛び散った。
「アチャー」
武庫川が小声で怒鳴っている。
「ドアホ、なにさらすんじゃワレ」
口の形でそう読めた。二人も急いで駆けつける。
取りあえず金を回収せねばならない。あちこちに散ったコインを3人が集める。
植木の下まで飛んだ100円玉を立会川が屈みこんで拾おうとし声を上げた。
「こんなところにガラスの破片があります。ひょっとして目黒さんの時計のでは」
二人が駆け付けた。目黒川端にあったものと同じと思われる。
「これは普通では見つけられんな。立会川さんどうです、矢田川マジック」
武庫川の問いかけに立会川はひそひそと話す。
「占いにこんなのありませんでしたっけ、宝石とかばらまくやつ」
「ますますオカルトじみてきましたね」
「次は水晶玉とか…」
矢田川が聞き耳を立てている。
「もしもーし、そこのお二人さん、私の悪口を言ってませんかぁ」
「め、滅相もない。さあ、落下現場周辺を…」
小銭入れが落ちた踏み石を調べる。小銭入れは留め紐がほどけ無残に口を開いていた。
「紐で結んだ小銭入れか…ちゃち過ぎないか」
「オーストラリア土産、カンガルーのキンタマ製だでよ」
立会川がボソッと声を発する。
「キ、キンタマ占い、恐るべし」
「血痕は見当たらんな。大雨だったから流されたか」
ちょっと待ってくださいと言いながら立会川がバッグから道具を出す。なんと小型のバールだ。
「占いが当たっているならこの石を上げてみる価値はあります。手伝ってください」
立会川がバールを石の下に潜りこませ梃子で上げ二人が持ち上げる。
石の下には血痕が付着していた。
「ガラス片と血痕、ここで決まりだな」
この時、しゃがみこんでいた矢田川が小声を発した。
「いる、一人だ、俺の右斜め後方。綾瀬の階の通路奥だ。顔を上げるな」
「内調か」
「だろうな、殺気はない」
悟られない様にバッグから手鏡を出した立会川が後方確認した。
「白蛇ですか」
「いや、若い男です」
「成程、へのへの君の方か」
立会川が心から感服している。
「見ずに気づくなんて…矢田川さん、あなたは本当に人類ですか」
「何かひっかかる言い方ですね。また褒めてないでしょ」
「と、とんでもない。根が嫌味な人間ですからこんな言い方しか…」
「立会川さんこそなんですかそのバッグ。巻き尺、バール、手鏡とまるでドラエモンの4次元ポケットじゃないですか」
「現場は一遍で済ませたいですから、あらかじめいろいろと用意しているだけです。ところで、お二人はこれから」
武庫川が答えた。
「真相さえ突き止めればこれ以上やることはありません。綾瀬や白蛇をどう処分するかは我々の職務外ですから」
「成程、それなら目黒さんはどうなります。私はね、彼にシンパシーを覚えているのですよ」
「と言うと」
「イメージしていた公安刑事と全然違うなってね。自分の責任で田村誠さんが殺害されたかもしれないと拘りを持ち、一人でコツコツと真相を追っていた。そのデカ魂に感銘を受けたと言うか」
「その気持ちは我々も同じです。でも、警察官同士の諍いですから監察が扱うんじゃないですかね」
「監察かぁ…連中にデカの意地や矜持を理解できるとは思えませんね」
「仕方がないでしょう。それがルールですから」
「そう言えば、公安一課長は和田さんでしたっけ」
「ですけれど、それが何か」
「いや何でもありません。門外漢の爺が出過ぎた発言をして申し訳ありませんでした。それでは私はこれで退散します」
立会川は武庫川に右手を差し出した。武庫川もがっちり握り返す。
「武庫川さん、あなたは想像通りの素晴らしい刑事でした」
矢田川とも固く握手する。
「矢田川さん、あなたは想像をはるかに超えた刑事でした」
そして二人に頭を下げる。
「正月そうそう本物の刑事二人と事件捜査をできました。私にとって何よりの初夢、ありがとうございました」
「いえこちらこそ、立会川さんの鋭い推理、非常に勉強になりました」
世の中にはとんでもない人が埋もれているものだ。二人はそう思いながら立会川を見送った。
「さあ、和田課長に電話だ」
武庫川の報告を受けた和田は小宮山と共に現れた。そして、ガラス片、血痕を確認の上、6階に上がる。
しばらくすると、和田と小宮山に挟まれ綾瀬が連れてこられた。もうインフルエンザは治った様だが、久々に見る綾瀬はげっそりと痩せていた。
うなだれた綾瀬はクルマに乗せられ、3人はその場を去った。
「鑑識入れんでええんきゃ」
「何か考えがあるんだろうな」
「俺たちはどうする」
「うーん、ここに居ても仕方がないけど…」
その時、クルマが現れた。警察車両のようだ。
中から声をかけてきたのは広瀬だった。
「課長から伝言です。やり逃げは許さん、最後まで付き合えとのことです。お乗りください」
「やり逃げとは人聞きの悪い。最後までお付き合いしますよ」
二人は広瀬のクルマに乗り込んだ。
つづく※ 本文はフィクションです。実在の人物、組織とは一切関係ありません。
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